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壷中天北川桃雄『壷中天』(圭文社、一九四七年九月二〇日)。神保町古書モールにて。カバー欠、百円。これは京都市東洞院錦小路上ルにあった圭文社の出版物ということで、嬉しい一冊。圭文社には富士正晴と天野忠がごく短い期間ではあるが在籍していた。この書物も天野忠と藤井滋司のふたりの編集者の「あとがき」が付されていて、それがまたじつにいい文章なのだ。 自筆年譜によれば、天野は昭和九年に同人雑誌『リアル』を北川らといっしょに始めている。また北川は天野夫妻の仲人でもあったし、『京都襍記』(矢貴書店、一九四三年)の編集も紹介してくれた。 《文学雑誌「リアル」をやり初めてしばらくした頃であつたらう。はにかみ家で、寧ろその狭苦しいかたくなな自分の部屋に浸り込んで、外に出ようとしない私を、手を引つ張るやうにして世間を見せようと、何彼と骨を折られたのも、北川さんだつた。文学雑誌を出すといふことも、北川さんにとつては、たつた一人の愛児を喪くされた余りにも深い傷手から、懸命に立直らうとする、悲痛な努力の試みであつたに違ひないが、私も亦、抗らがひ難い運命といふ敵に対つて、無茶苦茶にしがみつきたくなるやうな、孤独の世界からの立直りを必死に何者かに求めていた時代だつた。》 藤田加奈子氏によれば、天野忠と藤井滋司は京都一商在学時に詩の同人雑誌を通して知り合った。藤井の同級生には山中貞雄もいた。 《卒業後、山中はマキノ撮影所に入り、天野と藤井は昭和三年にそろって京都大丸に入社。天野が戦時中まで十数年勤めた一方、藤井は二年で退社し、その後、山中のあとを追って映画界に入っている。敗戦を経て、和敬書店と圭文社に立て続けに短期間勤めて、天野と藤井はふたたび行動をともにしたのだった。圭文社では富士正晴との出会いがあった。》 とこれは先日予告した関西出版の単行本ために藤田女史にお願いした和敬書店についての原稿からの引用である。『壷中天』には高木四郎の挿絵も入っており、高木は和敬書店の出版物の装幀や挿絵を多く手がけた画家、天野と藤井とともに三人組と言っていいのだろうと思う。天野は藤井滋司の他界の翌年、文童社を版元として追悼文集を編纂した(『藤井滋司を憶う』昭和四十六年七月刊)。 拾い読みしていると「机上のもの」という随筆が目にとまった。机上にある硯箱、水滴、万年筆、文鎮、灰落し、鈴、そして机について書いている。 《机。 締切りに追かけられて、原稿をいそぐ仕事台としては、学生の時から二十年来使ひ古した、このラワン材の書生机が、やはり私の性にあふ。京都・大和・本郷、そしてこの井ノ頭と、私についてまわつて、傷だらけ、しみだらけだ。京都だけでも、幾度か、トラックや牛車に積まれる憂目にあつてゐる。私は今黒っぽい丹波紬の手織布をそれにかけてやつてゐる。高さも大きさも私にあふのか、ほかの机を使ふ気にならない。》 《実際、なまけものの私には、机は仕事の場所として、なかなか寄りつきにくい所なのである。けれども、この世のうるさい事から放たれて、好きな本を読んだり、とりとめもない妄想に耽つたりする時、それは最も「心やすき片隅」となるのである。》 ということで小生の机の上で書影を撮ってみた。
by sumus_co
| 2009-11-25 21:25
| 古書日録
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