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シュルレアリスム絵画と日本速水豊『シュルレアリスム絵画と日本 イメージの受容と創造』(NHKブックス、二〇〇九年)を恵投いただいた。これは「シュルレアリスム絵画と古本」と言い換えてもいいような、目から鱗がボロボロのイメージ引用の元ネタを羅列したきわめて興味深い論考だ。 以前、古賀春江の有名な「海」(一九二九)に描かれている女性が絵葉書からのまる写しだったことがTV番組がきっかけで判明したことがあったが、この論考では古賀春江を中心に精細なイメージのルーツ探しが展開されている。古賀は『アサヒグラフ』とか『科学画報』とかごくふつうに流通している雑誌の写真をほぼそのまま使っており、コラージュといってもいい作画方法である。 本書ではシュルレアリスム絵画がどのようにして日本に紹介され、日本の画家がそれをどう理解してどのような作品を制作したかを、エルンストにおけるコラージュの素材について解説するところから始めて、まずは東郷青児と阿部金剛、そして古賀春江、福沢一郎、さらに三岸好太郎と飯田操朗について検討して終わっている。理論的根拠も丹念に紹介することにより戦前におけるシュルレアリスム受容の思想的な流れも理解できる好著と思う。 上は三岸好太郎の「雲の上を飛ぶ蝶」(一九三四)。たとえばこの一番大きく描かれている蛾が加藤正世『昆虫標本整理法』(三省堂、一九三三年)の「ヤママユ」の挿絵(下)を模写したものだということを指摘している。この『昆虫標本整理法』は古書としてもけっこう高値が付いているようだ。 実際のヤママユ http://www.insects.jp/kon-gayamamayu.htm ちなみに蝶と蛾の間には明確な区別はないらしい。見た目には違うんだけどねえ、種類が多いから例外だらけのようなのだ。 もうひとつ、マン・レイ・イスト氏はご存知だと思うが、『詩と詩論』創刊号(一九二八年九月)にデ・キリコ「詩人の出発」がブルトンの著書『シュルレアリスムと絵画』(ガリマール書店、一九二八年)から転載する形で図版掲載され、編集後記にこう書かれているという。 《さらにデ・キリコの簡単な紹介があり、彼がエルンスト、ミロ、マン・レイとともにシュルレアリスムの画家のひとりとして数えられていると伝えている》 ここにマン・レイの名前が挙っているのはちょっと気になった。マン・レイが日本で最初に紹介されたのは一九二六年一〇月、仲田定之助が『アサヒカメラ』誌上で論じたのが最初のようである(石原輝雄編書誌による)。なおブルトンの『シュルレアリスムと絵画』は大きな衝撃だったようで、ただちに瀧口修造によって翻訳され『超現実主義と絵画』(厚生閣書店、一九三〇年)として刊行された。 もうひとつ三岸に関することで面白いのは「蝶や貝殻はシュールレアリストの小道具としてしばしば見られるもの」という三岸好太郎作品に対する見解が正しくないことが指摘されていることだ。著者はシュルレアリスム絵画で蝶や貝殻をモティーフにしたものを見つけるのが難しいくらいで、《蝶と貝殻をシュルレアリスム特有のモティーフとする見解は、他ならぬ三岸の作品にもとづくところが大きいとさえ思われる》としている。 そんなものかな、と思ってマン・レイの図録を開いてみると、この作品が目に入ってきた。「蝶の屏風」と題されている(原題は「 La Paravent(衝立)」)。制作年は一九三五年か、とすれば三岸の絵を見て思いついたということになるのかな(!?)。ついでに言えば、速水御舟の「炎舞」は一九二五年制作。 御教示いただいた岸岱の「群蝶図」はこちら。 http://www.shikoku-np.co.jp/feature/kotohira/49/index.htm 若冲にも「芍薬群蝶図」もある。 http://blogs.yahoo.co.jp/kuusan26bu/28659096.html そういう意味ではマン・レイが江戸絵画の蝶図を知っていた可能性も否定できない。パラバンという形式そのものが東洋のイメージではないだろうか? またマン・レイには「貝と卵/ソラリゼーション」(一九三一)という作品もある。あるいはダリは一九二九年に「Le Grand Masturbateur」という絵を描いており、これは三岸好太郎の画き方にも似たところがあるのだが、その画面には貝殻がいくつも見つかる。特有のモチーフとまでは断言できないとしても、見つけるのはそう難しくない。ピカソにも蝶をコラージュした作品(一九三二)があるし。いずれにせよ、本書は最近の美術研究のひとつの典型であるだけでなく、現在の引用問題にもつながるテーマをもっていると思う。
by sumus_co
| 2009-06-24 21:55
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