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趣味馬鹿半代記

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酒井徳男『趣味馬鹿半代記』(東京文献センター、一九六八年、装幀・カット=酒井秀夫)。先日紹介した岩佐東一郎『書痴半代記』に先行する半代記シリーズ第一弾がこの本である。語り口は安藤鶴夫に似ている。江戸っ子だ。安鶴よりももっとチャキチャキしている感じか。その分ちょっと食い足りないところもある。しかし面白い。

岩佐東一郎の還暦記念祝賀会で観察した堀口大学の話などはケッサク。一九六五年三月八日、場所は銀座サッポロビールの七階広間。

《この夜は、春風亭柳橋、三遊亭円生、安藤鶴夫、高橋邦太郎、田中冬二、井上多喜三郎、長田秀雄、それに師匠の堀口大学、平野威馬雄、志村立美と多士済々百五十人ほど集まつた。/定刻をすぎて駈けつけて来た赤坂小梅は、鼻の頭に大粒の汗を浮かべて、会費を払わず、調子よく受付を通過した。当夜の受付は、水曜荘主人[酒井徳男]、今村秀太郎、八木福次郎、水曜荘の舎弟酒井秀夫である。》

二次会は銀座裏の「銭形」。野村胡堂が命名した料理屋。《店内、座敷に、御用提灯だの朱房の十手、クサリ鎌、はては小田原提灯までぶら下げて、だれも感心しないのに、主人一人でよろこんでいるという店》。ここで酒井は堀口大学の真向いに座った。大分座が乱れて、料理を盛った小皿から汚らしくあちこちにものがこぼれている。

《そのうち、ふと気づくと、大学先生の前から私の前、女史のところあたりまで、料理が小皿にちやんと乗つている。気をつけてみていると、しやべりながら呑みながら、器用に素手でヒヨイヒヨイと飛び出した料理を小皿に盛り直しているのだ。そのときどきに見せる瞬間の表情が、実にきびしい。笑顔をみせたり、ああ愉快だねといつたり、きびしい顔になつたりの、堀口大学七変化をたつぷり見せてもらつた。が、この神経あつてこそ……。》(堀口大学先生)

これには後日談もあるが、それは略す。また田中冬二と井上多喜三郎の交遊について。

《昨年春、輪禍で急逝した近江の詩人井上多喜三郎は、先輩である田中冬二さんを敬愛し、一葉のはがきといえども散逸せず、家宝のように秘蔵していた。この井上多喜三郎からの手紙を、田中さん自身がまた、同じように愛蔵している。
 こういう話に私は、柄になく弱いたちで、きいているうちに、メガネが曇つてしまうのだ。井上多喜三郎が死んで、その追悼の詩が俳誌「青芝」に載つた。これは田中冬二さんの絶唱であつた。田中さんが古い手紙の束を取り出して泣いていると、田中さんのお孫さんが部屋に来て、おじいちやんまた泣いているね、多喜さんがいなくなつてサミシイカといい、おじいちやん、そこのところに多喜さんがすわつてて、いつかお酒をのんで歌をうたつたねといつて、また田中さんを泣かせる》(仰げば尊し)

多喜さん、ほんとにいい人だったんだなあ。ちなみに『青芝』は日野草城病中に創刊(一九五三年)。編輯は八幡城太郎。

÷

阿川弘之座談集『言葉と礼節』(文藝春秋、二〇〇八年)がブックオフにあったので買ってみた。大久保房男(元『群像』編集長)との対談が収録されていたため。拾いもののは淀野隆三の名前が出てきたこと。

《大久保 門弟の淀野隆三さんの話では、佐藤春夫さんは、奥さんに見つかると非常に懇切丁寧に白状すると言うんだ。
 阿川 ただし、一部分だけ詳しく説明するんでしょ(笑)。
 大久保 そう、一メートルのうちの十センチから五センチくらいのところだけ事細かに白状して、それで残りは隠すと。その佐藤さんが「堀口君はうまいんだ」と言うんです。堀口大學さんは、「僕が悪かった、悪かった」とただただ平謝りに謝ったうえに、「春夫くん、君からも頼むから謝ってくれ」なんて言って平身低頭して逃れるんだって。
 阿川 志賀先生は「梅原はうまいよ」と言ってた。梅原龍三郎画伯が七十いくつかでモデルと浮気して、それがばれたとき、奥さんに「若気のあやまちだからどうか許してくれ」って言ったんだってさ。》

『青空』の同人は三好達治をはじめ佐藤春夫に可愛がられたようだ。もひとつ、半藤利一との対談でこんな話が出ていた。

《阿川 [略]毎日大勢の兵隊が自分の名前を呼びながら死んでいくんだもん、天ちゃんだって顔色くらい青白くなるよ」なんて言う少尉がいてね、[略]
 半藤 [略]私らも「天ちゃん、天ちゃん」と言っていましたけど、見たこともなかったんですから、人が言うほど恐れかしこまってなかったですよ。》

これは以前引用した植草甚一の回想とも一致して興味深い。
http://sumus.exblog.jp/9265986
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by sumus_co | 2009-05-05 21:24 | 古書日録
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