川田順『国初聖蹟歌』(甲鳥書林、一九四二年再版)をある方より頂戴した。感謝です。甲鳥本はけっこう架蔵しているが、これはちょうど持ち合わせていなかった。この検印紙は数種あるうちでももっとも鮮やかな黄緑。「順」の印も悪くない。検印紙が丁寧に真っ直ぐ貼られているのが印象的(いいかげんに貼ったのが多いので)。囲み罫のある奥付は、近ごろあまり見ないように思う。これはとくに注意深く組まれている。内外出版印刷は京都では最大手の一社だった。
川田は昭和十五年、五十七歳のときに妻を亡くし、大正十二年以来住み慣れた兵庫県の御影から京都市左京区に居を移した。それ以後、第一書房から『鷲』『山海経』、京都の甲鳥書林から『夕陽と妻』『国初聖蹟歌』『妻』、日本雄弁会講談社から『愛国百人一首』、八雲書林から『史歌太平洋戦』などを矢継ぎ早に刊行し、還暦を迎えた年の五月には朝日新聞社から『定本川田順歌集』を出している。
こちらは森田たま『婦女読本』(生活社、一九四三年)の奥付。この見事な検印紙を以前、佐野繁次郎ではないか? と推測したことがあるが、今は花森安治の作だろうと思っている。その理由は昨年末このブログの「花森安治の歴史日本」(2008/12/15)で書いたように、生活社と花森の関係は深いものがあったのかもしれないと思うからである。
http://sumus.exblog.jp/10040062
『婦女読本』の自社広告ページ。このような斬新な文字組は花森安治でなくて誰ができるだろう? なお森田たまの本については海月書林さんのページがうつくしい。
随筆家・森田たまの本
http://www.kurageshorin.com/moritama.html
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検印の話が出たついでに『日本古書通信』957号に春陽堂の夏目漱石の検印について書かれていたので引用しておく(川島幸希「『古通』アーカイブス その7」、島源四郎「出版小僧の想い出話」の要約)。
《また貴重な証言として当時の春陽堂の再版時の要領が書かれている。それによると、再版する時には刷り本は綴じて製本屋の倉庫に預けておき、奥付だけ店に置いて注文がたまると検印を貰いに行った。それから製本したわけである》
これは奥付頁に直に検印を押していたためである。検印紙ならそこまでする必要はないだろう。