林蘊蓄斎の文画な日々
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線引き

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寺山修司『死者の書』(土曜美術社、一九七四年、装幀=粟津潔)。これは以前から欲しいと思っていたのだが、手頃なものが見つからず、一九九三年にほぼ同じ体裁で刊行された再版、それは三百円だったのだが、それすら迷った末に買えなかった。先日の獺祭書房で手頃な値段だったため、ついに決心したはいいものの、赤線があちらこちらに引いてあるのだった。だから安かったのだ。赤線は消しゴムで、注意深く、気長に消してみると、そう気にならないくらいに薄くなった。

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《寺山修司とは親しい仲で、彼の短歌集やいくつかの本を装幀した。この本は僕が書(カリグラフィ)に力を入れていた頃のものである。》と粟津は『粟津潔のブック・デザイン』(河出書房新社、一九七七年)で述べている。山頭火の句集を毎日筆写していたそうで、江戸時代の黄表紙や相撲の番付のすき間なくギッシリと文字が詰まっているイメージに合わせて寺山の文章を二日がかりで写したそうだ。

《活字は無人称だが、書き文字は鼓動が出てしまうし、それが本を受けとる人間に伝わってしまう》《寺山修司の気に入ったらしいが、それほど売れなかったらしい》

などともある。

本書の巻末に収められた「現実は死んだ、幻想ばんざい」は寺山が大学を中退して新宿の酒場でぶらぶらしていた頃、客がカウンターに置き忘れていった一冊の本、P.V.D. ボッシュの『われら不条理の子』(加藤周一訳、紀伊國屋書店、一九五七年、元版は Paul Van den Bosch "LES ENFANTS DE L'ABSURDE" LIBRAIRIE LA TABLE RONDE, 1956)に反駁するところから書き起こされている。

《彼は「あまりにも多くのものが死に絶えている」ので「今なお立っているものを、粗末にすることができない」と、書き、その節のあちこちに、(多分この本を忘れていった持主がしたらしい)赤鉛筆の傍線が引いてあった。しかし、私は思ったものだ。「先立つものを殺したい」が「先立つものがいない」というのは、何というふざけた言い分ではないか。》

まさかこの本の持主がこのくだりを読んだために赤鉛筆で線引きをしたわけでもないだろうが、ちょっと面白い符合である。寺山はこの少し後に田村隆一の有名な詩句を引用している。

「一篇の詩が生まれるためには
われわれは多くのものを殺さなければならない」

この予言は当っていた、と寺山は言う。しかし、はっきり言って、これは「四千の日と夜」の不正確な、あるいは手前勝手な、引用である。正しくは次の通り。『田村隆一詩集』(現代詩文庫、思潮社、一九六八年)より。

一篇の詩が生まれるためには、
われわれは殺さなければならない
多くのものを殺さなければならない

文言も似ているようでまったく違うが、それ以上に、おそらく田村隆一はボッシュとほとんど同じ場所からこの詩を書いた、無心に読めばそう思えてくるし、寺山レトリックが透けて見えたような気もする。「四千の日と夜」の最後はこう締めくくられている。

一篇の詩を生むためには、
われわれはいとしいものを殺さなければならない
これは死者を甦らせるただひとつの道であり、
われわれはその道を行かなければならない

そしてこの『田村隆一詩集』の元の持主も赤線がすきだった。やれやれ!

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by sumus_co | 2009-02-15 21:11 | 古書日録
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